ー「声をめぐる考察 -『歌姫コンシュエロ』のウィーンへの旅ー」『国際文化学研究』45号、2015年、神戸大学大学院国際文化学研究科、pp.55-68
本稿ではジョルジュ・サンドの長編小説『歌姫コンシュエロ』 Consuelo(1842-43)のウィーンへの旅の部分(63章~81章に頻出する「声」についての言及に注目して、話したり歌ったりする時に用いる声がどのように描かれているかを主に考察している。
ウィーンに向かうことにしたコンシュエロは、節約と安全のために少年に変装することにした。そのあと、今度は自分に芸名をつけることにして、「ベルトーニ」という名を選ぶ。これはアルベルトという名の愛称のひとつであり、この選択は彼女が不実な婚約者アンゾレートとの関係を断ち切って、アルベルト・フォン・ルードルシュタットのほうを自分の運命に結びつけたことを示している。また、この名の持つもうひとつの重要性は、これがイタリアの名前であるということだ。この名は「イタリアの男」であるというメッセージを発し、「イタリアの声」の幻惑の基盤となるからである。
ベルトーニの声はオーストリアの小さな村で「イタリアの声」と呼ばれるようになる。ここには、当時、特にイタリアでもてはやされたカストラートへの連想が働いている。男装と男名で一種の逆カストラートとなったコンシュエロは性の境界を自在に行き来することができるのであった。また、コンシュエロは性を越えることによって、周りの女たちの肉体的・社会的な原因による悲惨をより客観的、より冷静に見ることができたのであった。
コンシュエロの声はまた特権的な場所や境界線の向こう側への「パスポート」でもあった。その声の力によって、女性を囲い込む枠を越え、国境を越えて全ヨーロッパ規模での理想の社会を思い描くことができるようになった彼女は『ルードルシュタット伯爵夫人』の中で、オペラ歌手としてヨーロッパじゅうをめぐりながら、「見えざる者たち」という秘密結社の国際的プロジェクトのために力を尽くすことになるだろう。