ジャンヌ・ダルクの死後の運命

ー「ジャンヌ・ダルクの死後の運命」『近代』120号、2019年、神戸大学近代発行会、pp.17-32.

 600年以上前にフランスの片田舎に生まれた少女ジャンヌの生涯とそのイメージが、その死後に祖国フランスや日本でどのような変遷を遂げ、21世紀の文学作品のなかでどのように描かれるにいたったかを考察する。

 百年戦争の記憶が薄れるとともに、オルレアンを除くフランス各地ではジャンヌも忘れられていった。彼女が再び大きく注目されるのは18世紀末から19世紀前半にかけてである。フランス革命をきっかけに、人々の間に自分たちのアイデンティティに対する関心が生まれ、フランスという国の起源やフランス人はどのようにして生まれたかについての議論が活発になった。歴史家ジュール・ミシュレがジャンヌに注目し、その『フランス史』の中で彼女をフランス民衆精神の化身と見なし、中世と近世の境に置いた。また、彼女の生涯をイエスのそれになぞらえることによって、彼女の死とキリストの受難を、百年戦争に苦しむフランスの受難に結びつけた。

 普仏戦争以降、ジャンヌは外国からの敵に対してフランス人たちを奮い立たせる国家的シンボルとなり、20世紀の第2次世界大戦後のフランスではジャンヌのイメージの政治利用がしばしば問題視された。彼女のイメージは「愛国心」だけでなく、「国家主義」「国粋主義」、さらに「排外主義」とさえ結び付けられるようになったからである。

 一方、明治時代初期に日本に紹介されたジャンヌは愛国心、女性解放の主張などと次々に結びつけられ、勧善懲悪の物語のヒロインとして物語化されもした。大正時代以降は日本人の手になるジャンヌ伝が書かれ、学校の教科書にも彼女の名前が挙がるようになり、日本でも彼女の知名度は大きく広がっていった。

 最後に、21世紀のフランスと日本でジャンヌを扱った小説2つをとりあげる。1つめはミシェル・ベルナールの『ボン・クール』(2018)である。政治色・宗教色がほとんどなく、15世紀初頭のフランスの田舎や都市のようす、自然の美しさや人々の営みがとりわけ印象的なこの作品は、「フランス国」「フランス人」のルーツや、現在におけるその多様性に敏感なフランス人たちに受け入れられるための最大公約数的なジャンヌ・ダルク物語である。

ふたつめは2004年に発表された佐藤賢一の『ジャンヌ・ダルクまたはロメ』。短編ながら史実を踏まえ、ジャンヌの出生に関するふたつの代表的な推論を巧みに織り交ぜており、ラ・トレムイユ筆頭侍従官が最後にたどり着いた、「ジャンヌの聖性とは狂気のことだ」という結論は、ジャンヌの生涯の物語から宗教的解釈を排除すれば当然出てきうるものである。この作品は明治以来続いてきた日本におけるジャンヌ・ダルクの受容と日本文化への昇華吸収の、現時点におけるひとつの到達点と考えることができよう。