マンションの8階でも蝉の声が聞こえてきます。夏になると思い浮かぶ光景は「子どもの頃の自分が畳の上に座ってスイカを食べたり、寝そべって蝉の声を聞いている。縁側の外は真昼で日光がまぶしく、麦わら帽子をかぶって近くの川に行こうとしている」というものです。ごくありふれた日本の昔の日常風景ですが、よく考えてみるとこれはいったいいつ、どこだったのかわからないのです。私が4歳まで育った山村はそれに近かったかもしれませんが、幼すぎてあまりよく覚えていません。それ以降は地方都市のはずれに住み、家の前の国道にはいつも車が走っていてその音が聞こえていました。
私の頭に浮かぶこの子供時代の夏のイメージは、本やテレビや映画などから作り上げた疑似記憶なのでしょう。知らず知らずのうちにこのような「日本の夏の原風景」のようなものが心の中に形成されていて、それが私の美意識や価値観に影響を与えているのだろうと思います。文化の継承というのはこういうものかもしれません。